平成29年度 星城大学 入学式での赤岡学長の式辞を紹介

式辞

 桜花爛漫の春。皆様、おめでとうございます。

 本日はご来賓として、名古屋石田学園理事長石田正城様、東海市市長鈴木淳雄様、愛知県議会議員佐波和則様、東海市議会議長井上正人様、東海市教育委員会教育長加藤朝夫様、東海商工会議所専務理事下村一夫様、一般社団法人愛知県作業療法士会事務局長澤田泰洋様、星城大学後援会会長石川守様、本学の提携校の学校法人愛美学園啓明学館高等学校長中西新八朗先生 東海市に所在で本学との連携の深い愛知県立東海商業高等学校長松林克也先生、東京圏のおどりとも、京都大阪のおどりとも異なる名古屋のおどりを創始され隆盛にされた総帥西川右近様、学校法人名古屋石田学園理事眞田明様、学校人名古屋石田学園理事半谷眞宏様、学校法人名古屋石田学園星城高等学校長安田英和先生をはじめ多くのご来賓のご来駕を賜っております。
 ご多忙のなか、誠にありがとうございます。衷心より御礼申し上げます。

 星城大学および大学院にご入学の皆様、おめでとうございます。ご家族ならびにご関係の皆様、心よりお祝い申し上げます。

 学生の皆様方が、愛知県東海市にあるこの星城大学で、学生生活をお送りになるのは、大変幸せだと思います。なにしろこの地は、大学生活を送る上で、世界的にも、全国的にも、最高の土地の一つだからです。
 信長は、1567年に楽市楽座を制札により法令として実行しました。楽市楽座は市場取引の自由化で、これは、経済学者アダム・スミスが『国富論』で、市場における自由競争こそが、国の資源配分を最適化し、国を豊かにするとした1776年の、209年も前のことです。
 そして、それによる豊かな経済力により、信長は、高価な鉄砲を大量に入手でき、1575年、設楽原での鉄砲の集団的使用という画期的イノベーションが可能になり、当時最強の武田騎馬軍団を破ったのです。
 ところで、経済の最適化までは、自由競争で達成できるとしても、それは、その社会のもつその時の諸条件の下での最高の状態の達成です。
 その与えられた条件の下での最高状態から、経済がさらに発展するには、イノベーションが必要です。その重要性を指摘したのはシュンペータの1912年発行の『経済発展の理論』です。ですから、信長は、その337年も前に画期的イノベーションを行ったことになります。
 信長によるイノベーションはこれだけではありません。組織革新、兵農分離、情報重視等々にわたっており、戦国時代の尾張・三河では、先駆的イノベーションの数々が、展開されました。
 このイノベーション志向という文化は、知多を含め尾張一帯で今日まで継承されています。それはこのあたりのお祭りの山車のほとんどがからくり人形をのせているのをみればよくわかります。このからくり好きは、自動織機の発明、そして自動車産業の発達ばかりか、愛知における農業、工業、商業、交通、都市運営の発達につながったのです。
 濃尾平野は全体としては、水は豊富ですが、尾張の西部や知多半島などでは水が少なく、ため池が多数つくられました。それでも水不足に苦しみ、ついに明治用水、そして御嶽山から知多半島の先端に至る愛知用水が開設され、その水は、農業だけでなく、工業にも使われ、尾張西部や知多の工業の発展を支えました。この素晴らしい大イノベーションを計画し、成功に導いた中心人物は、なんと知多市八幡の農業、久野庄太郎さんと、豊明から大府そして半田に転勤された高校の先生の浜島辰雄さんでした。
 その結果、愛知の工業出荷額は、全国47都道府県のなかで抜群の1位となっています。それは、第二位と第三位の県の合計より、なんと9.8兆円も多いのです。47都道府県の内9.8兆円より工業出荷額が多いのは9県しかないのです。
 この愛知の工業を、東海市、知多市等、知多半島の工業地帯が支えていますが、ここでは、工業と自然の共存ができています。夜空には星が輝き、キジも、カブトムシもメダカもいるのです。この産業と自然の共生に、世界の国々から来られた方は驚き、羨ましがります、それだけではありません。東海市の公園では小馬やウサギと遊べ、クジャクが羽を広げると、幼い子がまねて、クジャクさんパーと言ってかわいい手を広げます。奈良より大きい大仏様の近くの芝生では親子がピクニックのご馳走を広げています。
 さて、皆様方には、高い専門的知識および創造的課題解決力を身につけていただく必要がありますが、それだけでなく、インテリゲンチャーとして教養も高めていただきたいと思います。
 この点でも、東海市付近は、全国的にみて、優れています。ここは、古事記・日本書記や万葉集に登場する土地でした。名鉄に名和駅がありますが、日本武尊は天皇の命で、東国征伐のため伊勢から舟で名和につき、そこで松の木に縄で舟をもやったと言います。縄で舟をつないだので名和という地名となりました。
 また、東海市高横須賀の諏訪神社境内には、あゆち潟を詠んだ万葉集の歌の歌碑もあります。歌碑の建立は1818年ですから、約200年前に万葉の歌碑を建てようというほど文化を大事に思う人がここにおられたということになります。
 そういう風土だからでしょう。東海市の生まれの細井平洲師は、上杉鷹山公の先生で、尾張徳川藩の大学と言うべき、明倫堂の初代学長でしたが、それほど偉い平洲師は、民主的な方で、身分や男女にこだわらず熱心に教育にあたられました。それが、上杉鷹山公に継承され、それを内村鑑三氏が英語で『代表的日本人』と題する本に書き、それをお読みになったので、ケネディ大統領から高い評価をうけたのでした。
 平洲先生は、星城大学のある如来山を愛され、みずからの号を如来山人としておられました。そのことを示す石碑は、大学の西門の前にあります。皆様はその如来山で毎日学ぶことになります。平洲先生がきっと皆様の勉学を応援してくださるでしょう。
 皆様は、このように本当に素晴らしいところで大学生活をお送りになるのですが、星城大学も、優れた点が一杯ある大学です。大学は高等教育機関で、高等教育とは、新しい知識を生み出すことができる人を養成することです。ところで、創造力のある人を養成するには、大学の研究力が高くなければなりません。大学の研究力をみるよい指標とされるのは、文部科学省等の科学研究費補助金の採択です。これは科研費と略称されますが、東海地方4県、静岡、愛知、岐阜、三重にある63の私立大学のなかで星城大学は、昨年10月の公表によると、教員の29.4%が採択されており、これは、上から6番目です。星城大学の研究力は大変高いのです。
 この高い研究力をもつ教員に指導を受け、本学では全学部全学生、卒論が必須です。最近は、卒論を必須にせず、レポート等にしている大学が多くなっているときに、卒論必須は本学の誇りで、学生は、課題解決のアカデミックな方法を身に着け、文章が書け、プレゼンテーションでき、ディスカッションもできるようになって卒業します。
 本学は少人数教育で教員と学生が親密ですから、全員が卒業論文を正しい方法で書くことができるのです。しかも、論文の中には、学術雑誌に載せられるレベルのものさえあります。
また、本学は情報化が進んでおり、全員がパワー・ポイント、ワード、エクセルが使え、情報化に習熟しています。文章が書け、パソコンが使えますから、企業等から歓迎されます。
 愛知県では、女性が輝いている団体を認定する制度があり、2017年2月末段階で182団体が認定されています。大学では、星城大学、愛知医科大学、名古屋工業大学の3つだけです。
 さらに、本学はグローバル化が進んでいます。大学のトップ層は、米国、台湾、韓国
日本の4ヵ国の人々からなっており、今年は、アメリカ長期留学に21人、台湾へ1名、オーストラリアに2名が出発する予定です。
 こういう素晴らしい大学で、経済と自然が共存し、文化の高い愛知、知多で皆様方は
勉学できるのです。しっかり、このよさを味わい、よく遊び、よく勉強してください。
 
 桜花爛漫というには少し早いので、この式辞を、百花繚乱という言葉ではじめましたが、百花繚乱という言葉は花がいっぱい咲いているという意味のほか、いろいろの才能をもった優れた人物が数多く輩出する意味にもつかわれます。本日この言葉で皆様をお迎えできるのは、本当にうれしいことです。
 皆様、おめでとうございます。

平成29年4月3日
                  星城大学
                   学長 赤 岡  功