2025.12.03
【障がい者とeスポーツ】誰もが戦える時代へ|アクセシビリティ最新事例と未来展望

1. はじめに

1.1 eスポーツとは? 〜市場拡大するデジタル競技〜
eスポーツ(エレクトロニック・スポーツ)は、ゲームを競技として捉える新しいスポーツ文化です。オンライン上で世界中のプレイヤーが腕を競い合い、プロリーグや国際大会が高額賞金と共に注目を集めています。2024年時点で世界のeスポーツ市場規模は約18億ドルに達するとされ、年々成長を続けています。
特筆すべきは、身体的な条件や年齢、性別、居住地域といった"リアルの制限"を越えて、多様な背景を持つ人々が同じフィールドで対等に戦える点です。特に日本では、総務省の調査によると約64.2%の障がい者がインターネットを活用しており、その中でeスポーツに関心を寄せる人も増えています。
プロ選手だけでなく学生や高齢者、障がいのある方まで幅広い層が参加し、ゲームは"娯楽"という枠を超え、新たな教育・就労・社会参加の手段としての可能性も帯びています。
1.2 障がい者とeスポーツの親和性 〜ゲームは「壁」を越える〜
eスポーツは、身体的な制約を持つ人にとっても非常に参加しやすい競技です。その理由は、他のスポーツと異なり、移動・体力・視覚・聴覚といった身体能力に頼る部分が比較的少なく、デバイスや設定を調整することで操作環境をカスタマイズできる柔軟性にあります。
たとえば、車椅子を利用している方や四肢に麻痺のある方でも、片手専用コントローラーや視線・頭の動きで操作できるトラッキング技術を活用することで、ゲームを十分に楽しむことが可能です。また、聴覚障がいに対しては字幕や波形による視覚的な情報提供、視覚障がいには振動や音によるフィードバックなど、感覚代替の技術も発展しています。
さらに、eスポーツはインターネット環境さえあればどこからでも参加できるため、物理的・地理的なハンディキャップを超えてプレイヤー同士が公平に競い合うことができます。これにより、障がいの有無に関係なく"プレイの質"で評価される構造が成立しており、eスポーツが本質的にインクルーシブな競技であると言えるのです。
2. eスポーツとアクセシビリティの進化
2.1 ゲームのバリアフリー化とは?
eスポーツは、年齢、性別、身体的条件、言語などを問わず誰もが対等に参加できる「ユニバーサルスポーツ」としての性質を持ちます。ユニバーサルスポーツとは、特定の人に限定されることなく、すべての人が平等に楽しめる設計思想を持った競技のことを指します。たとえば、車椅子バスケットボールやボッチャのように、多様な人が同じルールで競技できる点が特徴ですが、eスポーツはこれに加えて物理的な制限がさらに少なく、必要な機器や設定さえ整えば、障がいのある人も健常者と同じフィールドで競い合うことが可能です。
この可能性を実現するうえで重要なのが>「アクセシビリティ」です。アクセシビリティとは、誰もが不自由なく利用できる設計思想を指し、eスポーツにおいては、すべてのプレイヤーが快適にプレイできる環境整備を意味します。
例えば、片手操作に対応したUI、音声ガイドや字幕、色覚対応表示、操作負荷の軽減設定などが導入されており、「これならできるかも」と感じられる選択肢が着実に増えています。
2.2 ゲーム業界の取り組みと進化
大手ゲームメーカーも、アクセシビリティへの対応を本格化させています。単なる「追加機能」ではなく、開発の初期段階からアクセシビリティを前提とした設計にシフトしつつあるのが近年の特徴です。
たとえば Microsoft は、「Xbox Adaptive Controller」などの製品開発において、障がいのある社員や当事者プレイヤー、支援団体との協働を行っています。アクセシビリティに特化したテストチームや評価基準を持ち、誰もが同じ土俵でプレイできるよう工夫を重ねています。
SonyのPlayStation 5も、アクセシビリティ機能が大幅に進化しています。ボタンのリマッピング、テキスト読み上げ、視覚補助モード(ハイコントラストや色覚モード)、音声ガイドの強化など、多層的なサポートが組み込まれ、障がいの種類に応じた柔軟な対応が可能になっています。
また、近年では開発者向けのガイドライン(例:Xbox Accessibility Guidelines)やGDCでのアクセシビリティワークショップが充実しており、業界全体として「誰もがプレイ可能であること」を前提とした文化が形成されつつあります。
こうした企業や開発者の姿勢は、単なる利便性を超えて、アクセシブルなゲーム作りを業界の"標準"に押し上げる原動力となっています。
2.3 視覚・聴覚・身体的制約を超える技術革新
ゲーム開発の技術は、日々進化しています。
最近では、視覚・聴覚・身体の制約を補うさまざまな工夫が取り入れられています。
・視覚サポート: 色覚対応モード、画面の明るさ調整、文字サイズのカスタマイズ
・聴覚サポート: 字幕表示の標準化、効果音を振動やビジュアルで表現
・身体サポート: 長押し不要の設定、片手での操作モード、自動入力機能など
特に注目されているのが、「アクセシビリティプリセット」と呼ばれる仕組みです。これは、あらかじめ用意された設定を選ぶだけで、自分に合ったプレイ環境を一瞬で整えられる機能で、ゲームを始める際の心理的・技術的なハードルを大きく下げています。
こうした取り組みは技術的な進歩というだけでなく、誰もが公平に楽しめるeスポーツを実現しようとする"意志"のあらわれでもあります。ゲームの未来は、もっとやさしく、もっと自由なものへと変わっていこうとしています。
3. カスタムコントローラーと最新テクノロジー

3.1 カスタムコントローラーの必要性と役割
eスポーツにおいて、入力デバイスは"プレイヤーの身体そのもの"とも言える存在です。特に障がいのある方にとって、標準仕様のコントローラーは、ボタン配置や両手操作の前提など、多くの場面で参加の障壁となってきました。
たとえば、握力が弱い方にとっては長時間のグリップ操作が難しく、指先の可動域が限られている方には細かい入力操作がストレスになります。こうした物理的な課題を解決するのが「カスタムコントローラー」です。
カスタムコントローラーとは、ユーザー一人ひとりの身体状況や操作スタイルに合わせて設計・調整された入力機器で、片手・足・口・視線・頭の動きなど、利用できる部位に応じて操作方式が変えられます。加えて、操作のしやすさや疲労軽減のために、ボタンの反応圧を調整したり、スティックの感度をカスタマイズする機能も導入されています。
世界保健機関(WHO)によれば、世界には約10億人(全人口の約15%)の障がい者が存在します。カスタムコントローラーは、こうした人々に「自分らしくプレイできる自由」を提供するための重要な技術であり、単なる補助ツールではなく、"自分らしくプレイできる自由"を提供する重要な鍵となっているのです。
3.2 Microsoftの「Xbox Adaptive Controller」などの代表例
カスタムコントローラーの分野で最も代表的な製品のひとつが、Microsoftの「Xbox Adaptive Controller」です。これは障がいのあるユーザーの声をもとに開発された、拡張性の高いゲーム入力デバイスで、従来のゲームコントローラーとはまったく異なる構造を持ちます。
本体には大型のA・Bボタン、プログラム可能な複数のジャック端子、USBポートが搭載されており、各ユーザーの身体的なニーズに合わせてボタン、スイッチ、ペダルなどを自由に接続・配置できます。そのため、足や口、さらには視線入力機器との連携も可能となり、極めて高いカスタマイズ性を持っています。
この製品は単なるハードウェアではなく、「誰もが遊べる世界」を実現するという理念に基づいています。Microsoftはこの開発過程で、米国のアクセシビリティ支援団体「AbleGamers」や「SpecialEffect」と連携し、フィードバックを受けながら機能性と使いやすさを両立させました。
実際、「これまで見ているだけだったゲームに、自分の力で参加できた」という声が多数寄せられており、この技術がもたらしたのは"遊べるようになる"という以上に、"自己実現の入り口を提供する"体験です。
3.3 3DプリンターやAIを活用したオーダーメイド技術
近年では、eスポーツのアクセシビリティを支える技術として、3DプリンターやAI(人工知能)を活用した"完全オーダーメイド"のコントローラー開発が注目を集めています。従来の市販デバイスでは対応しきれなかった細やかなニーズにも、個別最適化された設計で応えることが可能になっています。
たとえば、ユーザーの手の形や関節の可動域、筋力の強さなどを3Dスキャンで計測し、それをもとに最適なサイズ・形状・操作角度をもつコントローラーを一から設計・出力。これにより、疲れにくく、操作ミスが減り、ゲームを長時間楽しめるようになったという報告もあります。
また、AI技術の導入によって、ユーザーの操作履歴やプレイスタイルを学習し、どのボタンが押しにくいのか、どの動きが負担になっているかを可視化。それに基づいて機能の再配置や支援モードの最適化を提案する"スマート支援設計"の取り組みも始まっています。
これらの技術は、医療・福祉の分野とも連携しており、リハビリ専門職(作業療法士・理学療法士)と協力して設計される事例も多くあります。デバイスは単なる"道具"ではなく、QOL(生活の質)を高める"パートナー"として機能し始めているのです。
4. eスポーツがリハビリに与える影響
4.1 ゲームがもたらす身体機能の向上とは?
「リハビリにゲーム?」と驚く方もいるかもしれませんが、実際にはゲームの構造は身体機能の向上と高い親和性があります。特にeスポーツのように、視覚と動作の連携、繰り返し操作、集中力維持を求めるゲームは、リハビリに必要な要素を多く含んでいます。
たとえばシューティングゲームでは、動く標的を目で追い、タイミングよくボタンを押す必要があります。この動きは、視覚と手の協調(ハンドアイコーディネーション)を鍛えるのに最適で、実際に国内の福祉施設では「eスポーツを使った上肢運動リハビリプログラム」が行われている例もあります。
また、ゲームが持つ「楽しみながら継続できる」設計は、モチベーションの維持に優れており、従来の"苦痛"や"義務感"としてのリハビリと比べて、利用者の自主性を高める効果が報告されています。
4.2 医療・福祉分野との融合による新たな可能性
eスポーツが医療や福祉の現場で実践的に活用される事例が、国内外で着実に増えてきています。単なるレクリエーションではなく、「機能回復」「社会参加促進」「心理的ケア」といった視点で注目されているのが特徴です。
たとえば北海道のあるリハビリ病院では、上肢麻痺の患者に向けて、eスポーツを応用した自主トレーニングプログラムを導入。週に数回、シューティングや反応系のゲームをプレイする中で、握力の向上やリーチ運動の回復に一定の成果が見られたという報告があります。
また、作業療法士とゲーム開発者が共同で「動かしたい関節に特化したミニゲーム」を制作し、個別訓練とモチベーション支援の両立を図るプロジェクトも存在します。視覚的な成功体験が得やすいゲームは、苦痛や失敗が強調されやすいリハビリの現場において、心理的負担を軽減する要素としても効果的です。
このように、医療・福祉とeスポーツが交差することで、従来にはなかったリハビリの選択肢や参加スタイルが広がり、支援の多様化が進んでいます。
4.3 脳科学とeスポーツ:リハビリと認知機能向上の関係
eスポーツが与える影響は、筋力や可動域といった身体機能のみにとどまりません。注目すべきは、ゲームが脳機能――とりわけ記憶力・判断力・集中力などの「認知機能」にも働きかけるという点です。
たとえば、戦略系のリアルタイムストラテジーゲームやパズルゲーム、あるいはチーム対戦型のFPSゲームでは、状況の把握・迅速な意思決定・戦術の構築といった高次脳機能が求められます。こうした反復的で多面的な刺激が、前頭前野や海馬といった脳領域を活性化させると報告されています。
実際、米国の高齢者施設で行われた研究では、ゲームを週3回以上プレイしていた高齢参加者において、注意力と記憶力の数値が約10〜15%改善したという結果も出ています。また、知的障がいを持つ若年層に対して、視覚パズルゲームによる空間認知力・問題解決能力の向上が見られたという海外事例もあります。
このように、eスポーツは"脳を鍛えるツール"としても活用され始めており、認知リハビリテーションの新たな選択肢として期待されています。リハビリにおいて「成果を感じること」が継続の鍵である以上、ゲームの"達成感"や"楽しさ"が心理的なハードルを下げる役割も果たしています。
5. eスポーツによる社会参加とキャリア形成
5.1 eスポーツが障がい者の社会参加を促進する理由
社会とのつながりを持つことは、誰にとっても心の支えになります。特に障がいのある方にとって、物理的な移動や対面のコミュニケーションに壁がある場合、孤立感や社会的な疎外感を抱えやすくなる傾向があります。
そこで、eスポーツは「もう一つの社会参加の窓口」として機能します。ゲーム内での協力プレイやチーム戦、イベントへの参加は、相手の顔が見えなくても"同じ目標を共有している仲間"としての感覚を生み出します。これは、SNSやテキストチャットの交流よりも深い「リアルタイムの関係性」を育てる特性があります。
2023年に行われた国内調査では、障がいのあるeスポーツプレイヤーの約72%が「ゲームを通じて新しい交友関係を得た」と回答しており(ePARA調査)、そのうちの半数以上が「社会とのつながりを感じた」と述べています。
大会での活躍や配信活動を通じて「他者から評価される」体験は、自己肯定感の向上にも寄与します。eスポーツは、単なる趣味にとどまらず、「社会の一員として役割を持てる場」として、障がいのある人々の社会参加意欲を高める可能性を秘めています。
5.2 eスポーツが生み出す新しい仕事と働き方
eスポーツの発展は、「プレイヤー」という枠にとどまらず、新しい働き方やキャリアの選択肢を生み出しています。特に障がいのある方にとって、身体的負担や通勤制約が少ない"デジタルベースの職域"は、強い追い風となっています。
たとえば、以下のような仕事が実際に広がっています
- 実況・解説:大会の進行やゲームの魅力を伝える音声コンテンツ制作
- 配信・動画編集:TwitchやYouTubeなどでのライブ配信、編集動画の投稿・収益化
- 運営・サポート:イベント管理、プレイヤー対応、チャットモデレーションなどの裏方業務
- SNS運用・広報:チームや企業の情報発信・ファンとの交流
- アート・デザイン:グッズ制作や配信画面デザインなどのクリエイティブ業務
実際、国内のeスポーツ支援施設「Cybens」では、ゲームのスキルだけでなく、配信技術や編集スキルのトレーニングが行われ、卒業後にYouTuberやイベントスタッフとして活躍している事例もあります。また、多くの職種が在宅勤務で実現可能なため、身体状況やライフスタイルに合わせた柔軟な就労環境を構築しやすいのも特徴です。
このように、eスポーツは"勝負の場"を超えて、「働く手段」「役割を持つ機会」「スキルを活かす場」へとその姿を変えつつあります。これこそが、障がいのある方のキャリア形成において新たな可能性を開く鍵となっているのです。
5.3 オンライン大会・コミュニティを活用した活動の広がり
eスポーツの魅力の一つは、オンライン環境さえ整えば、地理的・身体的な制限に左右されずに参加できる点です。特に障がいのある方にとって、移動や施設利用の負担がなく、自宅から安全かつ快適に大会やイベントに参加できる環境は大きな意義を持ちます。
たとえば、日本国内で開催されている「ePARA Online League」では、障がいのあるプレイヤーがオンラインで集まり、全国の仲間と共に競い合っています。参加者の多くは「プレイを通じて自信を持てた」「大会があることで日々の目標ができた」と話し、ゲームが生活のモチベーションになっていることがうかがえます。
また、Discordなどのボイスチャット・コミュニティツールの活用により、試合以外の時間でも交流が生まれています。プレイの相談、生活の悩み、雑談など、ゲームをきっかけにしたつながりが"もう一つの居場所"として機能しているのです。
これらのオンライン活動は、単なる"ゲームプレイ"を超え、「参加すること」「応援されること」「誰かの役に立つこと」という社会的経験の蓄積でもあります。eスポーツは、障がいの有無を問わず、自分らしい形で社会とつながるための現代的なプラットフォームとして、その存在感を強めています。
6. 健常者との交流と共生社会の実現

6.1 eスポーツがもたらす健常者との接点
eスポーツの最大の魅力は、スキルベースで勝敗が決まる"フェアな競技性"にあります。ゲーム内では、性別・年齢・障がいの有無といった属性が結果に影響を及ぼすことが少なく、健常者と障がい者が純粋に戦略や操作の腕で勝負できるフィールドが広がっています。
「インクルーシブ(inclusive)」とは、包括的で誰もが参加しやすい設計思想や社会のあり方を指す言葉です。eスポーツでは、操作環境やルール設計を工夫することで、障がいのある人もない人も対等にプレイできる"共に楽しむ文化"が育まれつつあります。
たとえば、あるチーム制のオンライン大会では、障がい者と健常者が混成チームを組んで出場。ゲームを通じて自然な連携が生まれ、互いの強みや工夫に触れる機会となりました。参加者の感想には、「障がいに対する見方が変わった」「ただのプレイヤーとして尊敬できた」といった声が多く寄せられました。
このような経験は、普段の生活ではなかなか得にくい"対等な関係性"を築くきっかけとなり、eスポーツが社会的なバリアを取り払う役割を果たしていることを物語っています。
6.2 共にプレイすることで生まれる新たな価値観
ゲームを通じた健常者との関わりは、単なる一時的な「交流」にとどまりません。障がいのあるプレイヤーと共にプレイする中で、健常者側にも新たな気づきや視点の変化が生まれます。
「この設定にすると、操作しやすいんだ」「こんな入力方法があるんだ」といった発見は、単なる"配慮"ではなく、より良いユーザー体験の共有へとつながります。こうした理解の積み重ねは、障がい者に"合わせる"という発想から、"みんなにとって使いやすくする"という包括的な考え方への転換を促します。
実際、混成チームでのプレイ経験をきっかけに、健常者側が自発的にアクセシビリティ設定を研究し、配信や開発の場で改善提案を行うといった好例も報告されています。eスポーツは、参加そのものが「体験型の教育」となり、共感と尊重を育むプロセスへと昇華しているのです。
そのためeスポーツは、単なる競技や娯楽ではなく、自然な形で「多様性に気づく場」としての価値を持ち始めています。
6.3 バリアを取り払うためのゲームデザインとは?
健常者と障がい者が一緒に楽しむためには、ゲームそのものの設計にも"意図的な配慮と仕組み化"が求められます。
近年では、「片手プレイモード」「ボタン機能のカスタマイズ」「ゲームスピードやUI表示の調整」など、アクセシビリティに配慮したインクルーシブなゲームデザインが広まりつつあります。たとえば、ある格闘ゲームでは視覚障がいのあるプレイヤーのために、ヒット音の種類を変えて状況を伝える「音のUI」が搭載され、高評価を得ました。
こうした機能は、障がいのある人のためだけのものではありません。カスタマイズ性の高いUIや、繊細なフィードバック調整は、健常者にとっても操作快適性や集中力維持に役立つ機能であり、「ユニバーサルデザイン」の価値を体現しています。
ゲーム開発の現場でも、「アクセシビリティは一部の人のための後付けではなく、初期設計段階から組み込むべき」という認識が浸透し始めています。
"誰かのため"の工夫が"みんなのため"になる。この構造こそが、eスポーツにおける共生のデザインであり、より多くの人が参加できる未来への第一歩なのです。
6.4 インクルーシブなeスポーツ大会の意義と効果
インクルーシブeスポーツ大会とは、障がいの有無にかかわらず、すべてのプレイヤーが同じルール・同じ舞台で競い合うことを目的とした大会です。これは単なる混成参加にとどまらず、互いを対等なプレイヤーとして認め合う場としての意義を持ちます。
たとえば、「VALORANTユニバーサルカップ」や「バリアフリーeスポーツ大会」では、障がい者と健常者が同じチームで出場し、リアルタイムで連携を取りながら真剣勝負を楽しんでいます。アクセシビリティ設定や支援機器を駆使しつつ、勝敗は"チームワーク"や"戦術"に委ねられ、実力が公正に評価されます。
参加者の声には、「障がいのあるメンバーとの連携がチームに多様性をもたらした」「振り返りを通じて、お互いの工夫や強みを理解できた」といった感想が寄せられています。勝ち負け以上に、"共に戦えた"という体験が強く記憶に残るのです。
このような大会は、eスポーツを単なる競技から"共感と尊重を育む社会的な場"へと昇華させています。健常者と障がい者が同じ目線で戦い、喜びや悔しさを分かち合うこと――それこそが、リアルな意味での共生社会を築く原動力となるのではないでしょうか。
7. 成功事例から見るeスポーツと障がい者の可能性

7.1 アクセシビリティ導入で進化したゲーム企業の実例
障がい者のeスポーツ参加を推進してきた背景には、ゲーム企業によるアクセシビリティ対応の進化があります。近年では、製品設計の初期段階から「誰もがプレイできる環境づくり」を意識した取り組みが定着しつつあります。
■PlayStation 5のアクセシビリティ機能
PlayStation 5では「アクセシビリティ設定」が大きく進化し、UIサイズの調整や音声読み上げ、ボタンのリマッピング(自由な再配置)が可能になりました。これにより、視覚・聴覚・身体的なハンディキャップを持つプレイヤーが、自分の環境に最適化された状態でゲームを楽しめるようになっています。
■任天堂『リングフィット アドベンチャー』の活用
任天堂の『リングフィット アドベンチャー』などの身体を動かすインタラクティブゲームは、運動を促すツールとして障がい者のリハビリ支援や運動不足の解消にも活用されており、当初の想定を超えた広がりを見せています。特に、"遊びながら体を動かす"という仕組みが日常生活の中でも取り入れやすく、多くの利用者から好評を得ています。
7.2 国内外のカスタムコントローラー活用事例
操作環境に合わせたカスタムコントローラーの導入は、障がい者プレイヤーの「参加機会の確保」に直結する重要な分野です。
■Xbox Adaptive Controller(Microsoft)
Microsoftが開発した「Xbox Adaptive Controller」は、障がい者プレイヤーの声を反映して設計されたコントローラーで、国内外で高く評価されています。複数のスイッチやペダルを自由に接続できる設計により、上肢に障がいがあるプレイヤーでも足や口元のスイッチを使って操作することが可能です。実際に「初めて自分の力でゲームができた」と喜ぶユーザーの声も多く、国内外で高く評価されています。
■JINSEIプロジェクト(日本)
日本のJINSEIプロジェクトでは、利用者一人ひとりの身体に合わせて3Dプリントコントローラーを製作し、理学療法士と連携しながら機能を設計・調整しています。現場の声を反映した個別対応型の支援は、ゲームとリハビリをつなぐ草の根的な取り組みとして注目されています。
7.3 eスポーツを活用したリハビリ・医療現場での実践例
eスポーツは医療やリハビリの分野においても、有効な「支援ツール」としての可能性を広げています。単なる娯楽にとどまらず、機能回復支援・集中力向上・心理的ケアといった複合的な効果が期待されています。
■北海道のリハビリ病院での活用
北海道の病院では、入院中の患者に対してリハビリの一環として患者にシューティングゲームを活用した自主訓練プログラムを導入。プレイ内容には理学療法の視点が取り入れられており、手指の動きや集中力の向上が目的です。
参加した患者からは「リハビリというよりゲームだから続けやすい」「集中しているうちに、自然と手が動いていた」といった声が寄せられ、心理的負担の軽減にもつながっています。
■スペインの福祉施設(VR × eスポーツ)
海外の事例としては、スペインの福祉施設でVRと連動したeスポーツを導入し、知的障がいや発達障がいのある利用者に対して、感覚統合トレーニングを実施。視覚・聴覚・運動刺激を統合することで、ストレス軽減や感情の安定化に寄与しており、国内外の専門機関から注目されています。
これらの実例は、eスポーツが"使い方次第"で医療現場にもフィットすることを示しており、今後さらにゲーム × 医療の連携が広がる可能性を示唆しています。
7.4 障がい者プレイヤーの大会参加・活躍例
eスポーツ大会における障がい者プレイヤーの活躍は、競技のインクルーシブ性を象徴する重要な証です。単なる参加にとどまらず、実力で注目を集め、他の選手と対等に競い合うプレイヤーが増えています。
■ePARA UNITED(日本)
日本国内の車椅子ユーザーによるチーム「ePARA UNITED」は、オンライン大会に積極的に出場し、数々の成績を残しています。また、プレイ以外にも、配信・企画・広報など多様な役割を担っています。チームメンバーの中には、「eスポーツが生きがい」と語る人もおり、その言葉からは、競技を超えた自己表現の場としての意義が感じられます。
■AbleGamers(アメリカ)
アメリカの障がい者eスポーツチーム「AbleGamers」は、国際大会にも出場し、アクセシビリティの啓発活動も同時に展開。eスポーツを通して、「できることを証明する」ことを目的に活動を続けています。同団体は、プレイだけでなくアクセシビリティの啓発や機器提供活動も行っており、競技と社会活動の両立を実現しています。
このようなプレイヤーの存在は、「障がいがあっても戦える」「むしろ工夫や戦術で個性が光る」ことを示しており、eスポーツの包容力を体現する成功事例と言えるでしょう。
7.5 インクルーシブ大会・健常者との連携事例
インクルーシブeスポーツ大会は、障がいの有無を問わず、すべてのプレイヤーが同じフィールドでプレイできる場です。こうした大会では、共通のルール・共通の目標を持つことで、自然な形での連携と相互理解が生まれます。
■VALORANTユニバーサルカップ
VALORANTユニバーサルカップでは、障がい者と健常者が同じチームでプレイし、リアルタイムの連携と協力を通じて試合を行う形式が導入されました。高度な戦略と即時判断が求められるVALORANTにおいて、各メンバーが役割を補完し合い、勝敗以上に「一緒に戦った経験」が共有され、相互理解と尊重の輪が自然に生まれたといいます。
このような大会は、参加者にとって"競技を通じた気づき"の場となり、観客にとっても"共生社会の可能性"を実感する貴重な機会になります。eスポーツは単なる競技を超え、人と人をつなぐ場としての役割を果たしつつあります。
7.6 eスポーツを通じた就労支援・副業モデルの紹介
eスポーツは、プレイだけでなく「働く手段」としても活用が進んでいます。特に障がいのある方にとって、在宅でも取り組める柔軟な就労スタイルは、社会参加や自立の選択肢を広げるものとなっています。
■就労継続支援B型施設「ONEGAME」(日本)
障がい者向けにeスポーツを通じたスキル習得(配信・動画編集・イベント運営等)を提供する事業所です。例えば、愛知県名古屋市にある「ONEGAME 名古屋名東」では、「選手コース」「イベント運営コース」「実況解説MCコース」を設け、ゲーム・PCスキル・表現力等を段階的に学ぶ仕組みが整っています。※参考:ONEGAME名古屋名東
■在宅配信による副業スタイル
TwitchやYouTubeなどの配信プラットフォームを活用し、自宅からゲーム実況やプレイ動画を配信。投げ銭(スーパーチャット)やスポンサーシップで副収入を得るスタイルも増えています。このスタイルは、障がいのある方にとって体調や生活リズムに合わせて働ける点で無理のない働き方として注目され、特に慢性疾患や移動制限のある方に適しています。
このように、国内外でさまざまな成功例が生まれており、eスポーツを「単なる娯楽」から「仕事につながる資源」へと転換させ、障がい者の経済的自立と社会参加の可能性を広げています。
8. 障がい者を支援するeスポーツ関連団体・プロジェクト

8.1 国内外のeスポーツ支援団体一覧
eスポーツと障がい者の橋渡しをしている団体は、国内外に複数存在しています。
ここでは、代表的な団体をいくつかご紹介します。
■ePARA(日本)
・障がい者によるeスポーツ参加を促進
・「バリアフリーeスポーツ大会」や啓発イベントを開催
・プレイヤーだけでなく、配信者・スタッフなど多様な関わり方を支援
■AbleGamers(アメリカ)
・世界的に有名なアクセシビリティ支援団体
・カスタムコントローラーの提供、啓発活動、寄付型支援などを展開
・大手企業や開発スタジオと連携し、包括的な支援体制を構築
■SpecialEffect(イギリス)
・個々の身体状況に合わせたゲーム環境を提供
・理学療法士と連携したオーダーメイド設計
・小児患者や高齢者にも対応する包括的支援モデルが評価されている
こうした団体は、単に機器を提供するだけでなく、「参加機会の創出」と「社会意識の変革」を同時に担っています。
8.2 企業・自治体による障がい者向けeスポーツ支援の現状
近年では、民間企業や自治体も障がい者のeスポーツ参画に注力し始めています。製品・イベント・制度といった多様な支援の形が広がりつつあり、社会全体のインクルーシブ意識を高める一助となっています。
- NTT東日本
NTT東日本は、eスポーツを通じた地方創生や共生社会の実現を掲げ、障がい者向けのeスポーツ支援事業に力を入れています。2020年から「ePARA」などの団体と連携し、バリアフリーeスポーツ大会を後援。また、障がい者が安心して参加できるよう通信インフラの整備や、配信環境の支援も提供しています。2021年には、eスポーツを活用した就労支援や社会参加促進を目的とした「With ePARAプロジェクト」に参画し、障がい者がプレイヤー・スタッフ・実況解説・運営など多様な立場で関われる場を創出しました。企業の通信技術を活かして、オンライン大会のバリアを下げる取り組みも高く評価されています。
※参考:NTT東日本 × ePARA公式連携ページ/ePARA公式大会情報 - Microsoft Japan:アクセシブルな製品提供とパートナー連携
Microsoftはアクセシビリティをグローバルで重視しており、日本法人でも障がい者支援に注力しています。特に「Xbox Adaptive Controller」は、身体的制約があるユーザーのニーズに応じて、スイッチやペダルなどを自由に接続できる設計が評価されています。
また、障がいのある学生や求職者に向けたITスキル研修を支援するプログラムや、ゲームを活用した社会参加支援にも取り組んでいます。アクセシビリティを"製品価値"としてではなく、"社会インフラ"の一部として捉える視点は、日本国内でも共感を集めています。
※参考:Xbox Adaptive Controller - Sony Interactive Entertainment(ソニー・インタラクティブエンタテインメント)
SIEは、PlayStation®シリーズの設計において、アクセシビリティ機能を積極的に取り入れています。PS5では、音声読み上げ、字幕調整、コントローラーカスタマイズ、カラーユニバーサルデザインなど、包括的な対応が実装されています。 2023年には「Access Controller for PS5」をリリースし、ユーザーが身体状況に応じた操作環境を柔軟に設定できるようにしました。開発段階から障がい当事者の意見を取り入れる姿勢も高く評価されています。ゲームを"すべての人のためのエンターテインメント"と捉える理念のもと、インクルーシブな体験設計を今後も進めるとしています。
※参考:SONY アクセシビリティとPS5/Access Controller製品情報
このように、日本国内でも複数の大手企業がアクセシビリティやインクルーシブなゲーム環境の構築に取り組んでおり、単なるCSR(企業の社会的責任)ではなく、「誰もが楽しめる社会の一部」としてeスポーツを再定義する動きが広がっています。
- 神奈川県横須賀市
横須賀市は、障がい者の社会参加とデジタル活用の支援として、障がい者向けeスポーツ体験会を定期開催しています。市と連携する「横須賀eスポーツ協会」は、視覚・聴覚障がい者や発達障がい者が参加できる環境を整備。地域の中で自然な形でeスポーツを楽しむ機会を提供しています。
※参考:神奈川県ホームページ - 北九州市
北九州市では、障がい者向けのeスポーツ教室を実施。就労支援施設と連携して、ゲームを使ったコミュニケーション訓練や協働作業の練習が行われています。市が主導するこのプログラムでは、eスポーツを福祉教育の一部として導入することで、自己肯定感と対人スキルの向上を促進しています。 - 大阪市
障がいのある若者を対象にeスポーツ体験を通じた職業訓練型プログラムを展開。配信、動画編集、コミュニティ運営など、eスポーツ関連スキルを体系的に学ぶ機会を提供しています。
このように、官民連携によって「場所・お金・知識」のバリアを下げる取り組みが進行中です。地域に根ざしたこうした支援こそ、eスポーツが持つ"本当の包容力"を形にする手段のひとつです。
8.3 クラウドファンディングやスポンサーシップの活用事例
障がい者のeスポーツ参画を支援するには、機器開発やイベント運営に伴う資金調達が不可欠です。そこで注目されているのが、クラウドファンディングや企業スポンサーシップの活用です。これらは支援と啓発を同時に実現する手段として広がっています。
- 「片手用コントローラー開発プロジェクト」(日本)
障がい者向けのカスタムコントローラー製作を目的に、3Dプリントデバイス開発資金をクラウドファンディングで調達。目標額の140%を超える支援を集め、社会的な共感の広がりを証明しました。※CAMPFIRE、Makuake 等で実施された複数プロジェクト - 「eスポーツ大会のバリアフリー化支援」
地方で開催されるインクルーシブ大会の設備費用、字幕・手話通訳支援などのために募ったクラウドファンディングが成功。大会後には支援者へのオンライン配信やレポートの共有など、双方向的なコミュニケーションが行われ、イベント自体が社会啓発の場となっています。
- ePARA × 企業連携
ePARAは複数の企業とパートナーシップを結び、大会開催・配信設備・広報支援などを受けながら活動の継続性を確保しています。地域のIT企業や通信キャリアとの協業事例もあり、ローカルとグローバル双方の支援が広がっています。 - ローカル企業の地域貢献型スポンサー
地元のeスポーツカフェや中小企業が、障がい者チームへのユニフォーム提供や大会参加費支援を実施。「地域を代表するチーム」として共に活動する姿勢が、企業ブランド向上にもつながっています。
このようなクラウドファンディング・スポンサー制度は、社会の関心を集めると同時に、障がい者プレイヤーが"支援される側"から"価値を提供する側"になるための後押しとなっています。
9. 今後の課題と展望
9.1 よりアクセシブルなゲーム環境の実現に向けた課題
eスポーツは、障がいのある人々にとって新たな活躍の場を提供していますが、すべての人が公平に参加できる体制は未だ十分とは言えません。
- アクセシビリティ対応ゲームが限られている
- カスタムコントローラーの価格・入手・サポート体制の課題
- ゲーム大会運営や配信環境での物理的バリア例:会場の段差、音響設備、ネット回線)
- 地方や高齢者施設、障がい福祉施設への情報・設備・支援の不均衡
たとえば、海外のアクセシビリティ支援団体 AbleGamersの調査によれば、約60%の障がい者ゲーマーが「適切な操作機器が手に入らない」ことを理由にゲーム参加を諦めた経験があると報告されています。
また、国内でも高機能な支援機器は都市部に偏っており、地域・施設規模による情報・体験の地域格差が指摘されています。※参考:AbleGamers
9.2 障がい者と健常者が共に楽しむeスポーツの可能性
eスポーツの魅力は、「誰でもプレイヤーになれる」ことです。
これからの展望として、障がいの有無を問わない「共に楽しむ文化」の醸成が期待されています。
- インクルーシブ大会の普及・制度化・全国展開
- 学校教育や福祉教育へのeスポーツの導入拡大
- ゲーム開発者・イベント運営者へのアクセシビリティ教育・研修導入
教育現場では、eスポーツ導入による生徒の意識変化や多様な能力の向上が示唆されています。
9.3 すべての人が公平にプレイできる未来のeスポーツ像
将来的に目指すべきは、国籍・年齢・性別・障がいの有無を問わず、すべての人が対等に競い合い、評価されるeスポーツの実現です。
- ゲーム内での支援機能の標準搭載(AIアシスト・音声操作など)
- フィジカルスキルではなく、戦略・発想・協力を重視するゲーム性の進化
- 観戦・運営・サポートなど「プレイ以外」の関わり方の多様化
企業やコミュニティ、教育・医療の現場、そして私たち一人ひとりがこのテーマに関心を持ち続けることが、未来のアクセシブルなeスポーツ環境づくりの鍵を握っています。
このように、eスポーツはまだまだ成長途中で、技術・制度・意識の面で進化の余地を大きく残しています。
だからこそ、この段階でのアクセシビリティやインクルージョンの視点を持った取り組みが、未来のあり方を大きく左右するとも言えるでしょう。
プレイヤーとして、支援者として、あるいはただのゲーム好きとして――
どんな立場でも関われるのが、eスポーツの素晴らしさです。
年齢、性別、障がいの有無を越えて、「楽しい」「悔しい」「勝ちたい」といった感情を共有できるこのフィールドは、私たち一人ひとりの関心と行動によってさらに豊かなものになります。
"誰もが、誰かと一緒にゲームを楽しめる社会"をつくること。
私たち一人ひとりの関心と行動が、誰もが楽しめるeスポーツの未来をつくる鍵になるのかもしれません。
